皆さんこんにちは。
オバQの小池さん並にラーメン好きな娘と
カリカリフードしか食べないネコをもつヨシコシです。

先日、蕨市を車で走っている時に、この町で
10年以上前に食べた一杯のラーメンを思い出しふらりと寄ってみました。
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蕨市の塚越にあるラーメン店。

ここ、ラーメンのスープとしては珍しい「サンマ節」を使ってました。
とろみのあるスープなのに、口に含むとあっさりしてコクがあり、
旨味が濃厚。初めて出逢う美味さでした。
少し縮れた中太麺と相性がよくて、すっかり魅了されました。

当時、私は防蟻と基礎補強をする会社にいました。
その頃、いろいろ悩んで悶々としてまして。

大学生の頃からバーテンダーをしておりました私は、
どうしてもモルト・ウィスキーの勉強がしたくなり、29歳で一念発起。
仕事を辞め、スコットランドに住むことにしました。
半年の間でしたが、自分なりに知りたいことを調べる独学を終え、
「さあ、帰国してまたバーテンダーに戻るぞ!!」

そう、意欲に燃えておりましたところ、

帰りにふらりと寄ったインドネシアのバリ島のウブドで、
オートバイで崖から落ちて鎖骨を複雑骨折。

鎖骨が皮膚を破って飛び出しそうだったのでジョリっと手で押し込めて、
私は発見してくれた村人の助けでウブドにある診療所に運ばれました。
結構な怪我だったのですぐ処置を受けられるかと思いきや、
隣のベッドでのたうちまわっている現地人を指差したドクターが、
「毒蛇に噛まれた人が先決だ」って。
さて、私の番になりましたが、結局
「ここでは手術できない」とデンパサールの病院へ転送されました。
そこでも保険の適用がでそうだったので、病院からテレビ付きのデラックス部屋を勧められ、
スタンダードでいいから早く手術して欲しいといくら言っても言うことを聞いてくれません。
堪忍して、「テレビ付きでいいから早く手術してちょうだいよ・・・」
事故から6時間後、入院部屋のグレードが決まったら、すぐに手術が始まりました。
コマン先生は鎖骨をボルトで接合する手術をしくれました。

はてさて、インドネシア料理を満喫できる
デンパサールの入院生活を終え帰国したヨシコシ。

スコットランドでお金を使い果たし無一文状態。
正確にはマイナス10万円からのスタートです。
早く復帰しないと。
でも片方の腕がこれじゃ、シェーカーも振れなければ洗いものもできない。
鎖骨は、人間の歩行時やちょっとした動きのよじれをダンパーのように吸収している骨で、
意外にも、これが折れてしまうと歩くことさえ自然にできなくなってしまいます。

うう、困ったなあ。
片手でできて、未経験OKの職はないものかと、
アルバイト雑誌をパラパラ見ていると、

ありました、テレアポ。

おお!これだ!
受話器を肩と耳で挟めば片手一本でできる仕事。

さっそく翌日面接を受け、日当でアルバイトをすることにしました。
それが防蟻と耐震補強の会社で、
朝礼で上司の灰皿が頭に飛んでくるようなバリバリの営業会社でした。
電話帳で1日400件電話をかけて、アポイントを取って点検をする仕事。
そのアポインターでした。仕事はきつく単純作業で、半日で辞めたり、
1ヶ月アポが取れないと首になるような組織です。
結果を残せないと笑顔もつくれないような殺伐とした雰囲気。

すぐ採用になり、それなりの成績を収めると、
腕も問題なく動くようになってきたので、
今度は外回りの点検士に昇格となりました。
たまたまそこでも良い業績が続いたので、
一年もすると自分の課を持たせてもらいました。
何でもそうですが、やり始めると「負けたくない」、
もっと「クオリティを高めたい」とは思う仕事人間なので、
なんだかんだ2年半くらいでしたか、みっちり働きました。

でも収入はあるけど、本来が自分のやりたいことではないので
いつも悶々としており、この先どうしようかと悩んでいる頃に
たまたま入ったのをよく記憶しているラーメン屋さんでした。

結局、私はそのすぐ後に会社を辞めて、
バーを出すことにしたのでした。
たぶん、何かにこだわることとか、ものづくりに対して、
あのサンマ節のラーメンからも少し刺激を受けてたのかも。

そうだそうだ、
当時はそんなこともあったねえと、独りで自分を懐かしみながら
久しぶりにあのラーメン屋さんに立ち寄ってみたんです。

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店の中に入ると、

おっ、あれ?

なんか記憶していたのとちょっと違うぞ・・。
店の大きさ、雰囲気、店の人は前と似た感じだし、
場所も絶対間違っていないはずだが。

まだ昼少し前で、お客さんもあまりいなかったので、
店で給仕をしているおばさんにたずねてみました。

「あの・・私、以上前にこの店に来て、
サンマ節のスープが美味しかったのよく覚えてて。10年以上振りに来たんです。」

「あら、ありがとうございます!でもそれはお隣の店ね。」
笑顔で答えるおばさん。
カウンターの中には無表情で愛想ない息子さん。うん、これ昔と一緒。

「ん、あの店?隣だったんですか?」

「そうそう、昔、隣に<丸井>という店があったんですよ。
私は、その丸井さんで無償でアルバイトをさせていただいてたんです。
そのうち、丸井さんが閉店することになって、隣にこのお店(塚越ラーメン)を自分で開いたんです。」

「へえ~、そうだったんですね。どうりで何か同じような違うような気がしたんです。
じゃあ、あのサンマ節のスープを今でも引き継いでるんですね。」

「それが今はサンマ節はなかなか手に入らなくなってしまって、
今は牛テールなどを使ったあたらしいスープ作りをしているんです。」


そうだったのか。

当時の懐かしさに勝手に浸ろうと思って店に入ったら別の店だった。

なんか肩透かしをくらいましたが、
丸井のラーメンは塚越ラーメンとなって、
そのおばさんの手で時代と共に進化しているようでした。

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10年以上ぶりに店に行って、
変わらないものを期待していた自分を出迎えたのは、
進化を続けている新しいラーメン。

「自分もこの10年以上の間で変わってきたし、
お互い違った顔で再会ですな。」
出てきたラーメンに挨拶合掌して、美味しくいただきました。

新しいラーメン、これもまたなかなかのものでした。

変わらないものと変わるものが混在する店で
私は思わぬ刺激を受けたのでした。

昔からよく知っているようで実は初めだったラーメン店、
そんな「塚越ラーメン」でした。

そこらの行列店よりも美味しいと思います。
お読みいただきありがとうございました。
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